「平家物語」に登場する平清盛の娘・建礼門院徳子ゆかりの地である寂光院。
その創建には聖徳太子も関わっており、豊臣秀吉にも関わりがあるなど歴史ロマンが詰まった尼寺です。
源平の時代の面影を残した境内は、四季折々の自然が楽しめる美しい回遊式庭園が見どころです。
本記事では、寂光院の歴史や見どころについてご紹介していきたいと思います。
聖徳太子と寂光院
聖徳太子が父である用明天皇の菩提を弔うために建立されたと伝わる寂光院。
創建当時の御本尊である「六万体地蔵尊」は聖徳太子自身の手によるものであったと言われています。
鎌倉時代に造られた御本尊も2000年の火災によって焼損してしまいましたが、文化庁の指導のもと忠実に修復されました。
修復された御本尊は現在収蔵庫に安置されており、本堂には地蔵菩薩像が安置されています。
平家物語と建礼門院
栄華を極めた平清盛の娘であり、高倉天皇に嫁いだ建礼門院徳子。
源平の合戦の最後の舞台である「壇ノ浦の戦い」で源氏に追い詰められた際、息子である安徳天皇とともに海へ身投げしたことでも知られている女性です。
自分だけ奇跡的に一命を取り留めた彼女は、寂光院に隠棲し、安徳天皇や平家一門の菩提を弔いながら静かに余生を送ったと「平家物語」は伝えています。
その後も改修が繰り返され、豊臣家や徳川家にもゆかりのあるお寺です。
寂光院の見どころ
では、寂光院の見どころについてご紹介していきたいと思います。
本堂
2000年の火災で焼失してしまったものを、5年かけて再建したという本堂。
安土桃山時代の特色を残していたかつての建物をほとんど元通りに復元することに腐心したそうで、こけら葺きの屋根と跳ね上げ式の蔀戸や内側の障子戸が特徴です。
四方正面の池
本堂の東側にある四方紙面の池を中心とした回遊式庭園は四季の移ろいが感じられる風雅な場所。
その名前の通り、東西南北のどこから見ても正面に見えるように工夫された配置になっています。
雪見灯篭
夲堂に向かって右手前にある鉄製の雪見灯篭。
精緻な装飾が施されたこの灯籠は本堂再建の際に豊臣秀吉が伏見城から寄進したもので、保存状態も非常に良好で見ごたえがあります。
汀の池
寂光院で余生を送る建礼門院徳子をこっそりと訪ねてきた後白河法皇が「池水に汀の桜散り敷きて 波の花こそ盛なりけれ」と詠んだことで知られる場所。
かつて本堂の前には汀の桜と姫小松があったそうですが、松の方は火災の影を受け伐採してしまい、御神木としてお祀りされています。
建礼門院徳子御庵室跡
建礼門院徳子が隠棲していたと伝わる庵の跡。
「平家物語」において後白河法皇が彼女を訪ねた際は、山野に囲まれ植物の蔦が絡まる庵には訪れる人も滅多におらず、息子や一族の菩提を弔いながら静かに過ごしていたそうです。
御庵室跡の右手奥には、建礼門院が実際に使っていたとされている井戸が残されています。
宝物殿
本堂の再建を記念して建てられた宝物殿。
「平家物語」に関連する文化財などを中心に収蔵・展示しているほか、ミュージアムショップも併設されているので、お土産選びにもおすすめです。
周辺観光スポット
さいごに、寂光院周辺の観光スポットについてご紹介していきたいと思います。
建礼門院御陵
栄華を極めた平清盛の娘であり、高倉天皇に嫁ぎ、安徳天皇の母となった建礼門院徳子。
壇ノ浦の戦いで敗れ、平家が没落してしまったのち、建礼門院は安徳天皇や平家の菩提を弔いながら静かに余生を過ごしました。
三千院の近くには後鳥羽天皇や順徳天皇の御陵もあり、あわせて大原西陵とも呼ばれているそうです。
阿波内侍墓所
阿波内侍をはじめ、建礼門院徳子に仕えた女性たちのものであるとされているお墓。
苔むした石段の先にひっそりとたたずんでいます。
落合の滝
建礼門院が「ころころと小石流るる谷川の、かじかなくなる落合の滝」と詠んだ滝。
焼杉谷川と西田谷川の合流地点にあり、道のそばで静かに流れ落ちています。
朧の清水
寂光院へと続く参道の途中に湧き出ている泉。
建礼門院が月明かりで姿を映したと伝わっています。
大原女着付け体験
頭に「柴(しば)」を乗せて立ち働く姿が印象的な大原女(おおはらめ)。
京都のまちで行商をしている様子が絵巻物などにも残されています。
大原では大原女衣装の着付け体験をすることができ、子ども用サイズの衣装の貸し出しも行っているそうです。
大原女姿で周辺を観光すると割引などの特典を受けることができるお店もあるそうなので、ぜひチャレンジしてみてください。
まとめ
寂光院の歴史や見どころについてご紹介しました。
建礼門院徳子が静かに余生を過ごした場所であり、豊臣秀吉が建てた本堂を忠実に再建したものなど、見どころがたくさんあります。
徒歩圏内に「平家物語」ゆかりの地が点在していますので、ぜひ大原の他の観光スポットにもあわせて足を運んでみてください。