亡くなってしまったイザナミノミコトを追ってイザナキノミコトが死者の国へと向かうという神話の一説に登場することで知られている黄泉比良坂。
実は島根県松江市にあるとされており、今もなお私たちと故人を繋ぐ場所として知られています。
あの世とこの世の境目である黄泉比良坂は単に神話に登場する場所としてだけでなく、残された人々の拠り所でもあり、近年では全国から多くの人々が訪れる場所です。
本記事では、黄泉比良坂の見どころやそれにまつわる神話、イザナミノミコトと関連の深い揖夜神社の歴史や見どころについてご紹介していきたいと思います。
黄泉比良坂とは?
日本書紀や古事記などにある神話において、あの世とこの世の境目として登場する黄泉比良坂(よもつひらさか。黄泉平坂とも)。
古事記では「伊賦夜坂(いふやざか)」と表記されており、現在の島根県出雲地方にあると書かれています。
松江市街地から車で30分ほど離れた場所にある松江市東出雲町の揖屋(いや)には「神蹟 黄泉平坂・伊賦夜坂 伝説地」と刻まれた石碑が立てられており、あたりは木々に囲まれてどこか不可思議で神秘的な雰囲気の漂う場所です。
はるか昔、「根の国」「黄泉の国」と呼ばれる死者の世界と、私たち生者が住まう現世とは自由に行き来できたとされており、黄泉比良坂はその出入り口とされていました。
イザナキノミコトが訪れた黄泉の国
ここで、黄泉比良坂にまつわるイザナキノミコトとイザナミノミコトの神話をひとつご紹介したいと思います。
日本列島の島々を生み出した「国生みの神話」で知られるイザナキノミコトとイザナミノミコト。
夫婦は島々だけでなくさまざまな神々も産み出すのですが、あるとき火の神様を産んだイザナミノミコトは大やけどを負ってしまいます。
その大やけどが原因でイザナミノミコトは亡くなってしまうのですが、その喪失のつらさに耐えかねたイザナキノミコトは妻に会いに死者の世界、つまり「黄泉の国」へ向かいます。
現世へ帰ってきてほしいと懇願するイザナキノミコトに対してイザナミノミコトは決して姿を見ないように、と言って黄泉の国の神様のもとへ相談に行ってしまいました。
イザナミノミコトの帰りが待ちきれなかったイザナキノミコトはついに妻の姿を覗いてしまい、そのあまりの変わりように驚いて逃げ出してしまいます。
辱められたと憤るイザナミノミコトと黄泉の国の軍勢に追われることとなったイザナキノミコトは何とか黄泉比良坂を駆け抜け、千引の岩で双方の世界の出入り口を塞いでしまいまったのです。
黄泉比良坂の見どころ
では、黄泉比良坂があったとされる場所周辺の見どころについてご紹介していきたいと思います。
鬱蒼とした木々に囲まれた、あの世でもこの世でもない不思議な雰囲気が漂う「神蹟 黄泉平坂・伊賦夜坂 伝説地」の石碑とその周辺。
2011年に起きた東日本大震災をきっかけに2017年に設置された「天国への手紙ポスト」をきっかけに、その存在が広く知られるようになりました。
今はもう会えない大切な人へ向けた手紙を持って、全国各地から多くの人が訪れる場所です。
投函された手紙は年に1度焚き上げられ、故人の元へと届けられています。
「天国への手紙ポスト」は郵送でも受け付けているそうなので、直接松江へ来られないという方もぜひ思いを届けてみてはいかがでしょうか。
揖夜神社の歴史・見どころ
さいごに、イザナミノミコトゆかりの揖夜(いや)神社について触れておきたいと思います。
黄泉比良坂から西へ1キロメートルほど離れた場所にある揖夜神社は、先ほどご紹介した神話の中にも登場したイザナミノミコトのほか、オオナムチノミコト、スクナヒコノミコト、コトシロヌシノミコトをお祀りしています。
1350年以上もの歴史を持ち、本殿は出雲大社と同じ大社造りです。
ただし、神座は本殿正面に向かって右向きと出雲大社とは反対の配置になっています。
揖夜神社は出雲国造(いずもこくそう)との関係が深い「意宇六社(おうろくしゃ)」のひとつであり、江戸時代にはそれらを参詣して巡る「六社参り」が流行しました。
「意宇六社」にはほかにも、熊野大社、六所神社、眞井神社、神魂神社、八重垣神社があり、古代の出雲国庁の周辺に点在しています。
ぜひこれらの神社もあわせてお参りに訪れてみてください。
まとめ
黄泉比良坂や揖夜神社についてご紹介しました。
あの世とこの世を結ぶ不思議な空間である黄泉比良坂。
ご紹介したイザナミノミコトを追いかけるイザナキノミコトのエピソードをはじめ、さまざまな神話に登場します。
神秘に包まれたパワースポットが多くみられる島根県ですが、死者の国と生者の国との境目にある黄泉比良坂はそれらのなかでも特に異彩を放っています。
松江市内や安来方面からのアクセスも良いので、島根観光の際はぜひ足を運んでみてください。