かつて宿場町として栄えた兵庫県佐用町の平福宿。
因幡と播磨を結ぶ因幡街道沿いにあり、鳥取藩主が参勤交代の際などに利用しました。
江戸時代の宿場町の情景が今なお色濃く残っており、特に川沿いの風景にはノスタルジックな魅力があります。
本記事では、平福宿の歴史や見どころ、周辺観光スポットについてご紹介していきたいと思います。
城下町から宿場町へ
古き良き宿場町の情景を色濃く残すまち並みが魅力的な兵庫県佐用町の平福。
かつては利神城の城下町でした。
別所氏が築いたお城を関ヶ原の戦い後に播磨へ入領した池田輝政の甥・池田由之が改修し、城下町も整備しますが、わずか30年ほどでその役割を終えます。
その後は宿場町として栄え、鳥取藩主が参勤交代の際に利用するなど因幡街道の重要な拠点とされました。
平福宿の見どころと周辺観光スポット
ここからは平福宿の見どころや周辺観光スポットについてそれぞれご紹介していきたいと思います。
佐用川沿いの風景
平福宿といえば、何といっても佐用川沿いに川屋敷や土蔵が連なる情緒ある風景。
地元では川端風景などとも呼ばれ、江戸時代の町並みを色濃く残す建物とそれらを写す川面、そしてまち並みの奥に広がる緑豊かな山々が織りなす景色が、宿場町として栄えた往時の様子を思い起こさせます。
平福に着いたら、まずはこの佐用川沿いの風景を写真に収めておきたいですね。
道の駅宿場町ひらふく
平福宿の入り口付近にある道の駅。
地元の特産品やオリジナルの加工品、佐用町で採れた新鮮な野菜を購入することが出来る直売所のほか、観光案内所としても機能している施設です。
併設されているレストランでは地元の食材を使用した料理を楽しむことができます。
本陣跡
鳥取藩が参勤交代などの際に使用していた本陣跡。
平成8年に整備され、現在は陣屋門をイメージした木造本瓦葺きの建物が建てられました。
敷地内には白壁の門や回廊形式の塀、庭園、ベンチなどがあり、散策の合間に一息つくことができるスペースになっています。
平福陣屋門
江戸時代末期に代官・佐々木平八郎によって建てられた平福の陣屋門。
利神城廃城後に幕府に旗本として仕えていた松平氏が平福を治めていた際の邸宅の長屋門です。
当時は1万石以下の領地を治める小藩の城や邸宅を陣屋と呼んでおり、その邸宅の入り口にある長屋門を陣屋門としていました。
宮本武蔵初決闘の地
二刀流の剣豪として知られている宮本武蔵。
武蔵は13歳の時に、新当流の達人・有馬喜兵衛と平福宿の金倉橋のたもとで決闘を行い、一刀で倒したそうです。
彼の初決闘が行われた場所には現在石碑が残っており、ちょっとした観光スポットになっています。
平福郷土館
宿場町や利神城に関連する品々や、人々の生活の場で実際に使われてきた商売道具や民具などを展示している郷土資料館。
外観は江戸時代の町屋風になっていて、大屋根のけむり出し、くぐり戸のついたつりあげ大戸、葬式の際の出棺にだけ使う出口などが備わっています。
土日と祝日しか開館していませんので、郷土館を訪れる方は少し注意しておいてください。
光明寺
宿場町・平福にあり、1300年以上の歴史を持つ光明寺。
境内には大小さまざまなふくろうの置物が置かれており、「ふくろうの寺」としても親しまれているお寺です。
夏には境内に色とりどりの風鈴が吊るされる「風鈴まつり」が開催され、涼を感じる平福の夏の風物詩として知られています。
利神城跡
南北朝時代にこのあたり一帯で力を持っていた赤松一族に連なる豪族・別所氏が利神城(りかんじょう)。
別所氏、尼子氏、宇喜多氏などが所有し、関ヶ原の戦い後は播磨を治めることとなった池田輝政の甥・池田由之が入城しました。
由之は5年かけてお城を大規模に改修しましたが、その城郭の守りの堅さゆえに幕府に警戒されることを恐れた輝政の命によってわずか30年ほどでその役割を終え、廃城となってしまいます。
在りし日の利神城は三層の天守を持ち、麓に屋敷や町人地を整備した堂々たる姿で、その威容は「雲突城」と呼ばれていたほど。
現在、安全性の観点から一般の入城は禁止されていますが、「利神城ガイドツアー」に申し込めば登城することが可能です。
本丸、二ノ丸、大阪丸などの遺構や石垣の跡も残っていますので、興味のある方はぜひ登城してみてください。
兵庫県立大学西はりま天文台
平福と同じ佐用町内にある兵庫県立大学西はりま天文台。
一般に開放されている天体望遠鏡としては世界最大となる「なゆた望遠鏡」をはじめとするさまざまな望遠鏡を備え、天門講座やワークショップ、イベントなども定期的に行われています。
無料で「なゆた望遠鏡」を使った天体観測ができる夜間天体観望会も行われていますので、平福散策のあとにぜひあわせて訪れてみてください。
まとめ
平福宿の歴史や見どころ、周辺観光スポットについてご紹介しました。
城下町としての役割をわずか30年ほどで終えるものの、宿場町として長く栄えた平福城。
因幡街道沿いの交通の要衝として鳥取藩主をはじめ多くの旅人たちが行き交いました。
同じ因幡海藻沿いの智頭宿や大原宿も近くにありますので、ぜひあわせて訪れてみてください。