学生たちと過ごした3年間に思いを馳せる―熊本の小泉八雲ゆかりの地

学生たちと過ごした3年間に思いを馳せる 熊本の小泉八雲ゆかりの地

日本人の精神の在り方や生活、怪談を世界に伝えた小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)。
学生たちと過ごし、私生活でも長男を授かった熊本での生活は彼の今後の作家生活に大きな影響を及ぼしました。

本記事では、熊本での小泉八雲の足跡をたどりつつ、ゆかりの地についてご紹介していきたいと思います。

近代化が進む軍都・熊本と八雲

幼少期をアイルランドで過ごしたギリシャ出身の小泉八雲。
日本の文化や神話に強い興味を示して来日し、松江中学校で教鞭をとったのち旧制第五高等中学校へ赴任するために熊本にやってきました。

城下町の風情が強く残る松江とは異なり、近代化・西洋化が急速に進んでいた熊本は八雲が想像していた日本とは異なるもので、大いに戸惑ったそうです。
さらに教育費の大幅な削減のために旧制第五高等中学校がなくなってしまうという話もにわかに持ち上がり、失職の危機にも直面しました。

一方、学生たちに慕われ、妻・セツとの間に待望の長男が誕生するなど充実した暮らしを送っていた側面もあります。

熊本の小泉八雲ゆかりの地

ここからは、八雲の熊本での足跡をたどりつつその作品の世界の舞台となった場所についてご紹介していきたいと思います。

小泉八雲熊本旧居

熊本市街地に位置する八雲の旧居。
八雲は熊本で過ごした約3年間のうちに3回引っ越しており、旧居はその最初の住まいである手取本町の家の一部を移築したものです。

日本式の生活を好んだ八雲の家は純和風の木造家屋。
着物を着て生活し、通勤には人力車を用いていました。

書斎には机や椅子、本棚といった家具が設置されて当時の八雲の生活風景を忍ばせます。
日本文化に深い関心を示し、古き良き日本の姿を愛した八雲の家には神棚もあり、彼は毎朝柏手を打って拝んでいました。

家の内部には八雲やその妻・セツの生涯を紹介したパネルや、写真、手紙、遺品、著作などが展示されており、熊本での八雲の暮らしや作品の世界観などを学ぶことができます。

八雲の熊本での生活は「知られぬ日本の面影」「東の国から」といった作品に反映され、自身の日本観と矛盾した近代熊本の姿と葛藤しつつも、長男を授かるなど喜ばしい出来事も多かった時期でした。

八雲通り(第二旧居跡)

八雲の熊本での2番目の家は坪井という場所にありました。
現在は社宅になっており、石碑が建てられているのみですが、周辺は「八雲通り」と呼ばれており八雲の足跡を感じることができます。

五高記念館

八雲が約3年間のあいだ教鞭をとっていた旧制第五高等中学校。
のちに第五高等学校と呼ばれるようになる同校はいわゆるナンバースクールと呼ばれた旧制高校のひとつで、明治22年にこの建物が建てられてから現在までずっと同じ場所に同じ姿で現存する貴重な建築物です。

赤レンガのレトロな佇まいが印象的な校舎は英国風で、正門や科学実験室、校舎の設計図など共に国の重要文化財に指定されています。

建物内部は復元教室と展示室になっており、かつてここで教鞭をとった著名な教師や各界で活躍した卒業生などに関する資料が展示されています。

教師としては八雲とほぼ入れ違いになるようなタイミングで「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」などで知られる作家・夏目漱石が赴任しているほか、卒業生には内閣総理大臣として戦後日本に大きく貢献した池田勇人、佐藤栄作がいます。

小峰墓地の石仏

旧制第五高等中学校を前身とする熊本大学のキャンパス裏にある立田山。
そこの入り口付近にある小峰墓地には「鼻かけ地蔵」を八雲が気に入り、授業の合間や散歩などで度々訪れていたそうです。

「石仏」という作品の舞台になったとされています。

くまもと文学・歴史館

県立図書館に隣接する近代文学館。
八雲を含む熊本にゆかりのある作家や文学作品に関連した品々のほか、江戸時代や明治時代の資料なども展示しています。

長六橋

日本人の美徳を八雲の視点から描いた「橋の上」という作品に登場する長六橋。
西南戦争の際に実際に起きた事件をモデルにしており、恩義に報いる老車夫の仁義に篤い様子が表現されています。

上熊本駅

「停車場にて」という作品の舞台となった池田駅(上熊本駅)。
こちらも実際に起きた事件がモデルになっている作品で、福岡の刑務所から護送されてきた殺人犯と殺された巡査の妻子が対面する様子を通して日本人の情けの心を描いています。

本妙寺

地元の英雄・加藤清正のご加護を授かることが出来るとして日清戦争直前には多くの軍人が参拝していた本妙寺。
「願望成就」という作品に登場します。

浦島屋

熊本市内からは離れますが、宇城市三角町にも八雲ゆかりの場所が。
長崎へ出かけた際に三角の浦島屋へ立ち寄った出来事と浦嶋伝説に対する考察をもとに、八雲はのちに「夏の日の夢」という作品を執筆します。

建物内部には八雲に関する資料や築港当時の様子などが展示されています。

まとめ

熊本の小泉八雲ゆかりの地についてご紹介しました。

急速な近代化・西洋化が進む熊本の姿に落胆したり失職の危機に陥ったりしつつも、学生たちと交流を深め、自らの長男が誕生するなど熊本で充実した日々を過ごした八雲。
ぜひ熊本で彼が過ごした3年間に触れてみてください。

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