戦国さいごの大戦!大坂の陣ゆかりの地

戦国さいごの大戦 大坂の陣ゆかりの地

豊臣秀頼と徳川家康がぶつかった天下分け目の大合戦である大坂の陣。

戦国時代に終わりを告げ、天下泰平の時代の幕開けとなった戦いです。
とくに大坂夏の陣では多くの武将たちが活躍し、激しい戦いを繰り広げました。

大坂の各所には現在も戦いの痕跡が点在しています。

本記事では、激戦となった夏の陣の舞台を中心に大坂の陣ゆかりの地についてご紹介していきたいと思います。

大坂の陣とは?

まずは大坂の陣の概要について簡単に見ていきたいと思います。

大坂の陣は、豊臣秀吉の遺児・秀頼と徳川幕府を開いた徳川家康とがぶつかり合った戦いです。

豊臣秀吉の死後、関ヶ原の戦いで勝利をおさめ、征夷大将軍となった徳川家康。

徳川幕府を開き、江戸から諸大名をまとめ上げたかのように見えますが、実は完全に天下をものにしたわけではありません。
秀吉の忘れ形見である秀頼とその母親である淀殿は依然として大阪城におり、大きな影響力を持っていました。

秀頼が成長するにつれて両者の対立は深まり、ついに慶長19年(1614年)10月、浪人たちを中心とした秀頼と諸大名を動員した家康との間に大坂冬の陣が勃発します。

圧倒的な大軍で大阪城を取り囲んだ徳川家康でしたが、天下の名城であった大阪城を力攻めで落とし切ることはかなわず、ひとまず講和へと持ち込まれます。

講和の条件として堀を埋め立てられてしまった大阪城。
翌年5月に再び開戦となった大坂夏の陣では、大勢の軍勢が大阪各所でぶつかり合う壮絶な戦いとなりました。

豊臣方の軍勢は寄せ集めの浪人でまとまりに欠けていたと言われることも多いですが、徳川方の軍勢も多くの死者を出し、その激しい戦いの痕跡は現在も大阪のいたるところに散らばっています。

全て見てまわるにはあまりにも膨大な量ですが、好きな武将に絞ってゆかりの地を巡りながら大阪のまちを歩いて観光する方も多いようです。

ここからは、大坂の陣ゆかりの場所についてそれぞれ見ていきたいと思います。

大坂の陣ゆかりの場所

大阪城

まずは大坂方の本拠地である大阪城から。

大坂の陣では秀頼と淀殿がクローズアップされることが多いですが、当時大阪城内には家康の孫娘である千姫もいました。
幼いころに秀頼に嫁いだ千姫は戦いの最中もずっと城中にいましたが、大阪城落城の際に救出され、その後徳川家重臣の本田家に嫁いで子供も授かったそうです。

豊臣時代の大阪城の全容は詳しくはわかっていませんが、近年は当時の遺構も徐々に発掘され、研究が進んでいます。

現在の大阪城は絵画資料や同時期に築城されたお城の天守などをベースに豊臣時代の大阪城をイメージして、昭和初期に再建されました。

茶臼山

大坂冬の陣で徳川家康が本陣を張った茶臼山。
「山」と言うからには標高の高い場所なのかと想像しますが、実際は天王寺公園内にある26メートルほどの小高い場所です。

大阪城のある上町大地一帯では高い方で、現在のようにビルやマンションの無い当時は非常に見晴らしの良い場所であったはずです。

実はこの茶臼山、夏の陣の際には真田幸村が陣を張っていました。
両者がこぞって陣を置いていることから見ても、とても戦略的重要度の高い場所であったことがわかります。

樫井古戦場跡(塙団衛門の所)

夏の陣の前哨戦として4月に起こった樫井の戦い。
徳川方の浅野隊と豊臣方の大野隊がぶつかった場所で、浅野隊が勝利を収めました。

この戦いで討死した塙団衛門は冬の陣の際に徳川方に夜襲をかけた人物として知られており、樫井古戦場跡の近くには彼の墓があります。

蓮城寺

激戦となった八尾・若江の戦いは靄のかかる中で行われ、両軍ともに大きな犠牲が出ました。

蓮城寺は豊臣方の武将・木村重成の菩提寺で、付近には彼の墓もあります。
重成の墓を立てたのはその首を取った徳川方・井伊隊の武将の子孫で、井伊隊で犠牲になった武将の墓も近くにあります。

常光寺

豊臣方・長曾我部隊とぶつかった徳川方・藤堂隊にも多くの犠牲が出ました。

彼らの墓がある常光寺では首実検が行われ、廊下におびただしい量の生首を並べていたそうです。
この床板は「血天井」として天井に上げられ、現在も残されています。

誉田八幡宮

誉田御廟山古墳(応神天皇陵)の隣にある神社。
道明寺の戦いの際には豊臣方の真田隊・薄田隊がここに着陣しました。

近くには薄田隼人の墓もあります。

小松山古戦場跡

豊臣方・後藤隊と徳川方・伊達隊、水野隊などがぶつかった小松山の戦い。
近くには徳川方の武将の墓や後藤又兵衛の碑などがあります。

志紀長吉神社

道明寺の戦いから退却する際、幸村が戦勝祈願をしたと伝わる神社。
その際に奉納したとされる軍旗が残されています。

近くには「真田幸村休憩所跡」もありますので、あわせて訪れてみてください。

まとめ

大坂の陣ゆかりの地についてご紹介しました。

豊臣秀吉の遺児・秀頼とすでに天下を手中に収めた徳川家康との軍勢が激突した大坂の陣。
戦国時代から長く続いてきた戦乱の時代に終止符を打つ壮絶な戦いで、多くの武将たちが激しくぶつかり合いました。

ご紹介した以外にも、大阪の陣にゆかりのある場所は大阪の各所に散らばっていますので、ぜひ好きな武将の足跡をたどってみてください。

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