道元禅師によって開かれた禅の修行道場である、福井県の深山幽谷に位置する永平寺。
70あまりもの殿堂楼閣で構成されており、現在も多くの「雲水(うんすい)」と呼ばれる修行僧たちが禅の修行に励んでいます。
見事な七堂伽藍や庭園、周囲の自然など、かなり見ごたえがあり、心が洗われるような清浄な空間です。
座禅や朝課などの修行体験も行っています。
近年、国際的に「禅」への関心が高まっており、日本国内だけでなく海外からの観光客も増えているそうです。
本記事では、永平寺の歴史や見どころについてご紹介していきたいと思います。
永平寺へのアクセス
まずは永平寺へのアクセスについて見ていきましょう。
永平寺へは車での参拝が便利とされていますが、公共交通機関でのアクセスも可能。
えちぜん鉄道・勝山永平寺線「永平寺口駅」からはバスで13分ほど、バス停から永平寺までは徒歩5分ほどで到着します。
福井駅からの直行バスも毎日運行されていますので、そちらを利用するのも便利。
バスの乗車時間は30分ほどです。
また、戦国時代の城下町の様子が再現された全国でも珍しい史跡である「一乗谷朝倉氏遺跡博物館」とあわせて観光できるツアーバス「はぴバス」の利用もおすすめ。
第1・第3土曜日は、「永平寺案内人」として認定されたガイドが同行するので、永平寺の詳細な解説を聞きながら観光を楽しめます。
永平寺の歴史
永平寺が開かれたのは13世紀の中ごろ。
鎌倉時代のことです。
もともとは越前国志比庄(しひのしょう)を治めていた波多野義重(はたのよししげ)のすすめによって建立された「大佛寺」と言うお寺で、後に永平寺と改められました。
開祖である道元禅師は修行僧を積極的に指導し、「清規(しんぎ)」という規則を定めます。
「清規」は現在も受け継がれており、修行僧たちはそれを守りながら生活しているそうです。
道元禅師が亡くなると、弟子である懐弉禅師(えじょうぜんじ)が永平寺の住職を継承します。
懐弉禅師は伽藍の整備を精力的に行っており、弟子・義介禅師(ぎかいぜんじ)を宋へ派遣して中国五山を見学させました。
このとき義介禅師が書き記した宋の禅の修行道場の伽藍配置や建築様式などの資料は「五山十刹図」と呼ばれ、現在は石川県の大乗寺に伝えられています。
現在も修行などの中心となっている七堂伽藍は義介禅師が住職を務めていた時代に整えられたものです。
永平寺の見どころ
ではさいごに、永平寺の見どころについてご紹介していきたいと思います。
唐門
永平寺のシンボルともいえる唐門は、新しい住職を迎える時にのみ使われる特別な門。
樹齢を重ねた杉木立や苔むした石段には、まさに修行の地にふさわしい重厚感と風格があります。
七堂伽藍
33万平方メートルもの広大な敷地の中に70あまりの殿堂楼閣を持つ永平寺。
そのうちの19は国の重要文化財に指定されているなど、歴史的、文化的価値も非常に高く、見ごたえがあります。
特に修行において重要視されているのが、山門、仏殿、法堂、僧堂、大庫院、浴室、東司の7つ。
これらは「七堂伽藍」と呼ばれ、回廊で結ばれています。
永平寺の観光は主にこの7つの御堂を参拝していくのが基本です。
一部立ち入りや写真撮影が制限されている場所もありますが、実際に修行僧たちが修行している場所を参拝する臨場感はほかにはない体験。
修行の妨げになる行為はもちろんいけませんが、ぜひ古くから禅の修行が行われてきた神聖な世界を体感してみてください。
傘松閣(絵天井の間)
参拝者の控え室などがある傘松閣(さんしょうかく)。
2階の大広間は「絵天井の間」と呼ばれ、昭和に活躍した日本画家たちによる天井絵がはめ込まれています。
その数は何と230枚。
ほとんどの絵には花鳥が描かれているのですが、うち5枚には唐獅子や鯉などが描かれています。
ぜひ生き物が描かれた絵を探してみてください。
承陽殿
永平寺の開祖である道元禅師の尊像、位牌、霊骨などを祀っている場所。
境内の中でも最も神聖な場所とされており、修行僧たちが今も道元禅師に毎日お仕えしているそうです。
道元禅師から数えて5代目までの住職たちの木像も祀られています。
門前町
参拝のあとは、門前町での散策がおすすめ。
さまざまなお店が立ち並んでおり、食べ歩きやお土産選びに最適です。
名物の「永平寺そば」や縁起物の「ご利益団子」のほかスイーツを販売しているお店もあり、観光地らしい賑わいが楽しめます。
まとめ
永平寺の歴史や見どころについてご紹介しました。
古くから禅の修行道場として重要なポジションにあり、近年は海外からも注目を集めている永平寺。
修行の中心である「七堂伽藍」の見学や境内の散策を通して、神聖な修行の世界を感じ取ることができます。
座禅体験をはじめとする修行体験も可能です。
ぜひ永平寺で禅の修行の世界に触れてみてください。